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外国為替情報 - 初歩の外国為替
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外国為替相場の変動要因 |
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どのような要因で動くのか
外国為替市場で、通貨の動向に影響を与える要因は、数多く存在します。英国のポンドの安くなっている要因に、オールイングランドのサッカーチームが、国際試合に負けたからとか、冗談半分に言われたりします。天気だって、人々は冗談も交えて、通貨動向を説明する要因にしてしまいかねません。プロのディーラーは、一日中相場を示すスクリーンとにらめっこをしながら大きなお金を動かしていますので、時には冗談を言ったりして、気分転換を図る必要があるのです。しかし、ロンドンの金融街シテイでは、極めて普通の事ですが、昼間からビールジョッキやワイングラスを片手に午前中の取引や情報交換を行っている姿が一般的です。となると、ディーラーっていつも息抜きをしていることになります。
どの要因に重点を置くか、ということについては、人それぞれで異なってくるでしょうが、私どもが仲間うちで話し合う大きな要因は次の通りです。
1.米国の政治・通貨政策
1971年8月のニクソンショックの結果、円は360円から308円まで切り上げられました。1978年10月のカーターショックでも、
ドルが180円を割りこんだときにドル防衛策が発表され、1ヶ月後には197円までドルは一気に値を戻しました。1979年4月には、220円近くまでドルが上昇し、約20%の下げ幅となリました。1979年10月に連邦準備制度理事会議長に就任したボルカー議長の政策により、ドル金利の上昇が、ドルを為替市場でサポートする形となりました。
1985年のプラザ合意は、ニューヨークのプラザホテルで主要五カ国が、高すぎるドルの是正を合意した通貨調整でしたが、これも米国主導で行われたものです。円は、240円台から1987年の2月には半分の120円にまで上昇しました。このように、短期間の間に相場が大きく変動するのは、歴史的には、米国主導による通貨政策が大きな影響を与えています。
2.金利
為替市場の取引の中で、輸出入といった、いわゆる実需の取引が占める比率は、数%と実はあまり多くありません。市場取引で圧倒的なシェアを持つのは、国際資本取引です。国際資本は金利差を求めて市場を駆け巡ります。時には、円のような低金利通貨を借り入れ、売却してドルを買います。買い入れたドルを、例えば米国国債のようなドル資産で運用を行うような取引を組んだりします。このような取引は金額が大きく、市場で行われると、市場レートを一方的に動かします。
この場合は、円が売られ、ドルが買われるので円安・ドル高になります。2000年1月に、円はもう少しで100円を超えそうな円高になりかけました。実際には、101円台で終わりましたが、このときも下がったドルの買い手として、主にアメリカのヘッジファンドから大きなドル買い・円売りが起きました。売る円は、借入金です。円を借りて、ドル対価で売り、買い入れたドルを、金利の高いドル資産に運用する取引が大量に起きました。その結果は円安でした。その年は余り大きな値動きを示しませんでしたが、110円台まで円安に動きました。このような取引は引き続き2001年になっても続きました。時代はさかのぼって、1992年秋に、巨額の資金を動かしていたジョージ・ソロスは、英国の通貨政策に無理があることを察し、大量の資金を使ってポンドを売り浴びせ、ついに英国中央銀行は、欧州通貨制度(EMS)を離脱せざるを得ませんでした。貿易取引からは、このような通貨の大きな変動は生じません。しかし金利が高いということは、高金利にしなくてはならない事情があります。インフレが進んでいたり、通貨が弱いので、通貨防衛の為にやむを得ず高金利にせざるを得ない状況もありますので、必ずしも高金利通貨が、為替市場で高いというわけではありません。ソロスはイギリスの弱点をここに見つけたものと、記憶しています。
1980年には二桁の金利水準であったオーストラリアやニュージーランドへの投資が、日本の生命保険会社から大量に出ましたが、これらの通貨は国内経済の不調から下落してしまい、結果はうまくいかなかったようです。70年代の英国ポンドも、通過防衛上、金利を高めに設定していましたが、経済の不調でポンドは大きく売り込まれました。右記、ボルカーショックの時のドル高は、一時は20%を越える、ドルの貸し出し金利(プライムレート)に支えられました。通貨の先行きを見る上で、金利水準は依然として、大切な要因です。
3.中央銀行の市場介入
中央銀行は為替相場が行きすぎたときに、相場の過熱感を静めることを目的に市場の動きと反対の取り引きを出してくることがあります。1995年の4月に、円が対ドルで、80円を割って、一瞬ですが79円75銭と、1973年4月に変動相場制が導入されて以来これまでの最高値をつけました。この前後、日銀は相場の急激な変動を押さえるべく、頻繁に市場に介入していましたが、市場の勢いに押され、ドルの下落を止めることはできませんでした。正常な経済活動に支障の出るような、急激な為替相場の変動を押さえる介入を、人々はスムージングオペレーションと言います。1995年頃の日銀のドル買い介入がスムージングオペレーションであったかどうか、現場にいた私にもわかりません。結果として、スムージングオペレーションとなったということです。当局は、常に本気で市場に介入します。ドルの下落が著しい時には、何とかして、これ以上の下落を阻止しようとします。市場全体を相手に戦うわけですから、多勢に無勢、当局の意図通りに市場をコントロールできるわけではありません。
一方、(1)に述べた、例えば1985年9月のプラザ合意時などのようなドル高の是正、或いは、1978年のカーター大統領による、ドル安の是正といった通貨体制の見なおしがなされた場合、中央銀行は協調して登場し通貨を望ましい方向に、力ずくでも誘導する場合があります。1995年4月に付けた79円75銭の後、「強いドルは米国の利益」をスローガンに、日米の通貨当局が共同してドル買いの介入を繰り返し、1998年に、ドルは一時147円台まで戻しました。このとき日米通貨当局は、行きすぎたドル高を是正すべく、ドル売りの介入を協調して行いました。複数の中央銀行が強調した介入は、相場を大きく動かす恐れがあります。市場関係者は、常に中央銀行の動きを注視し介入の可能性について、見守っています。
4.戦争・国際紛争・テロ
国際的な資金移動を引き受ける為替市場において、国際政治の動きは見逃せないに要因です。
市場では、「有事のドル買い」という言葉があり、戦争や国際紛争が起きると、持っている通貨をとりあえず避難通貨としてドルに取り替えておこう、とする動きが見られました。しかし、1990年の湾岸戦争のころから、「有事のドル買い」ということについて、必ずしも国際紛争がドル買いに直結するとは、限らなくなりました。特に、米国が国際紛争の当事者国として巻き込まれている場合に、ドルを「避難通貨」としてみるべきかどうか、見直しの機運が持ち上がりました。相変わらず中東情勢には目が離せない状況が続いており、原油価格の高騰、ガソリン価格の上昇が米国経済にも大きな影響を与えかねないことから、「有事のドル買い」よりも、金を買いたいという動きが出てきて金相場は上昇する傾向にあります。米国が巻き込まれていない紛争であればともかく、米国が紛争の当事者国であった場合に、ドル買いに走ることは危険です。2001年9月11日に、米国で起きた同時多発テロの場合においても、米国本土が攻撃されたということはかつてなかったことではありますが、ドルは売られ、買われたのは、中立国の通貨であるスイスフランでした。金価格も上昇しました。
5.景気動向と株価
景気の良い国へ資金は流入しやすく、好景気国の資本市場に世界の資金が集まる傾向があります。しかし反面では、景気の良い国は輸入量も増大するので、貿易収支は悪化しやすくこの面ではその国の通貨が強くなるには、限界もあります。また、国境を越えた資本取引が自由化されるにつれて、株価動向も見逃せなくなりました。特に機関投資家による投資対象として好調な株価を維持している国へ資金は流れやすい傾向はあります。
6.要人発言
市場には、一時的なインパクトではありますが、相場に影響を与える要因として、通貨当局者(日本であれば、財務省高官や日銀筋)が、通貨政策や金融政策について、思わぬ発言をしてしまう場合があります。
時には意図的に発言する場合もあるのかも知れません。1987年2月のルーブル合意により主要七カ国(G7。日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリー、カナダ)の通貨当局者は、現行の為替相場には、言及しないとの申し合わせがありましたが、時間の経過とともに、この合意は、特に日本において守られていないようです。私見ですが、日本では、通信社に働く日本人記者の規律が求められなければならないと思います。つまり、記者会見後の通路でいきなり取材を行い、一言応じた発言内容を針小棒大に伝えたり、その要人発言を慌てて記事にしようと、特ダネぶって誤った英語で流してしまったり、自社の記事はこれだけ市場に与える影響が大きいので、購読しなさいと「取材」と「営業」を取り違えた行動をとる記者諸君が、東京市場に多いこともあります。要人の発言内容を正確に市場に伝えることはマスコミの大切な役割ですが、市場を混乱させるような記事を書くことが散見されます。厳に慎むべきと思います。いずれにしても、市場はその発言(記事)をきっかけに、変動してしまいます。
7.持ち高の偏り
持ち高とは、ドル・円の取引であれば、ドルの上昇を見込みドルを買っている(ドルの買い持ち)、あるいは、ドルの下落を予想しドルを売っている(ドルの売り持ち)という、外貨ポジションを言います。「どうもドルが上がりそうだ」と思う市場参加者が増えると、ドルは買われ、市場全体の持ち高が「ドルの買い持ち」に偏ります。次の段階では、ドルを買っている市場参加者は、ある程度ドルが上昇してくると利食いのドル売りが市場の大勢を占めることになり、ドルは思ったほど上昇しなくなります。ドルが売られ始めると、先程ドルを買っていた市場参加者が、われ先にとドル売りを出してくるので、ついには大半のディーラーがドルを買ったレベルを抜けて、今度は損失の出る領域に対してしまいます。最後は、それぞれの銀行内の規制により「もうこれ以上の損を出してはならない」というレベルにまでドルが下落してしまうと、損失覚悟のドル売り(ストップロス)が出て、ドルは下げ足を早めます。
おおかたのストップロスが出尽くしたところで、市場は沈静化します。「市場参加者の多くの見方が、一方向に傾いた場合には、その方向にはいかない。」というのには、このような、理由があるのです。
市場全体がドルの売り持ちに偏った場合には、次ぎの段階でドルを買いたい市場参加者が増えますので、ドルはなかなか下げにくいということが言えます。
株式の信用取引においても、ある銘柄につき、信用で買っている人が増えると、次の段階では、利食いの売りが入りますので、信用の買い残高がかさんでくると、その銘柄はなかなか上がりにくくなる、という傾向と同じです。
8.チャート(相場推移のグラフ)
多くの専門家が同じチャートを見ながら、将来の通貨動向の予測にあたっています。ドルと円の為替取引においても、すべての市場参加者が、同一のチャートを見ています。チャートには、このレベルを抜けると、ドルはどちらかの方向に加速するが、なかなかそのレベルは抜けそうもないというポイントがあるようです。(7)の例で、市場全体がドルの買い持ちに偏っていた場合、多くの市場参加者がストップロスをかけるのは、このレベルはドルがそれ以下には行きにくいという水準(サポート・ポイント)近辺です。サポートのレベルを下に抜けてしまうと、ストップロスを発動しなければならない市場参加者が、われ先にとドルを売りに来ますので、ドルの下げ足に拍車がかかってしまうのです。
また、ドルが上昇するときには、この辺でドルの上昇が止まるのではないかというチャート上から見たポイント(レジスタンスポイント)があり、そのレジスタンスレベルを上に抜けるとドルの上昇に拍車がかかりやすいことになります。
市場には、どんな局面でも、市場参加者にはドルを売り持ちにしている者と、ドルの買い持ちにしている人たちがいます。同じチャートを見ても、見方に相違があるのでしょうか?何もチャートだけを頼りに、相場を張るわけではありませんので、「売り持ち組み」と「買い持ち組」に分かれます。もう一組います「何もしていない、サボタージュ組」です。サボタージュ組はともかく、相場にチャートはつきものです。チャートに百%頼ることは危険ですが、ある程度チャートを見ておく必要はあります。
9.米国の経済指標
やはり経済は米国を中心に回っています。為替市場も、ドル対価の取引が圧倒的に多く、米国の経済動向には、特別の注意を払う必要があります。その中でも特に注目しなければならないのは、雇用統計と経済成長率(GDP)です。数字の発表は、アメリカ時間ですから日本では夜の九時半(米国が夏時間の時)で、冬の寒い時期は十時半です。このときは、日本の金融機関でも、アメリカからの発表を待って市場動向を見守り、取引に参加します。デイーラーになって良かったか、どうかはわかりません。私はディーラーとして働ける喜び、市場の仲間と市場動向を意見交換できる喜びを感じていました。ただし、できれば終電までには、終わりたかったのですが、なかなか帰れない日もありました。この日は、日本でも、金融機関、商社、大手メーカーの財務担当者も、保険会社の為替担当者も、多くの市場参加者が職場に残り、米国の経済動向を見守ります。世界中が注目しており、数字によっては市場は大荒れします。ヨーロッパは午後の取引時間中です。雇用統計の場合は、失業率より「非農業者雇用」の増減です。これにより、米国の経済が活性化されているのか、沈滞化しているのかを見極めようとの判断です。皆、遅くまで頑張ります。戦いすんで夜もふけて、遅くまで残業して良かった人(儲かった人)、残業がくたびれ損になった人、人生いろいろありますが、残業が無駄になっても、次回に頑張れば良いのです。
まだまだ、市場を動かす多くの要因があります。中でも、日本の金融システムと不良債権問題は、世界経済の安定化にも極めて重要な要因です。欧州統合通貨ユーロの動向にも、目を離せません。
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